「正解を言う子」と「考える子」。学びがひらいていく瞬間とは?

“当てる”より、“考える”ってなんだろう?
元公立校の教員として、子どもたちを見ていると、
「正解を言うことが得意な子」と、
「自分の中でじっくり考えようとする子」に出会うことがありました。

どちらが良い・悪いではなく、
その違いの中に 学びがひらいていくヒント があると感じています。


目次

■ 「正解を言う学び」と「考える学び」は、見た目は同じ

Edutopia の “Encouraging Students to Think More Deeply” では、
学びには二つのレベルがあると書かれています。

  1. 正解を当てるための学び
     → 合っているかどうかを確かめる思考
  2. 自分の考えを育てるための学び
     → 「なぜそう思う?」と内側から問いを立てる思考

前者は、
外の基準に合わせていく学び。

後者は、
自分の内側から言葉が生まれてくる学び。

見た目は同じ「手をあげて答える」でも、
その中で起きていることは、まったく違います。


■ 「どう思う?」という問いが、内側をひらく

海外の授業では、答えを求める前に問いを置きます

  • 「それについて、どう思った?」
  • 「どこが面白いと思った?」
  • 「もし違う考えがあるとしたら?」

この問いは、
子どもに “自分の中を見る” きっかけをつくります。

そして、すぐに答えなくてもいい。

むしろ、
考えている静かな時間こそ、学びそのもの。

その時間を大切にすることが、
「考える子」の土台になります。


■ 日本での日常に取り入れる、小さな実践

大きなことをする必要はありません。
今日からできる、小さな一歩からで大丈夫です。

家庭なら

  • 子どもが話したことに対して
     「そう思ったんだね」 とまず受け止める
  • そのあとに 「あなたはどう感じた?」 とそっと添える

教室なら

  • 発言後に 3秒だけ静かに待つ
  • 子どもの言葉に 評価ではなく共感で返す

例:
「正しい/間違い」 → ❌
「そう考えたんだね」 → ◎

この「受け止め」が、
子どもの内側に 安心の土台 をつくります。

安心があると、人は考えられる。
安心があると、言葉が生まれる。


■ おわりに:学びは、静かなところから始まる

「正解を言う子」と「考える子」。
どちらも大切で、どちらもその子らしい姿です。

でも、
自分の考えに触れる時間 をもつことは、
その子のこれからの学びを、ゆっくりとひらいていきます。

今日のどこかで、小さな問いを置いてみませんか?

「もし一つだけ問いを置くとしたら、どの瞬間にしますか?」

その問いはきっと、
静かに子どもの中で息づきはじめます。🌱

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この記事を書いた人

Maron(まろん)です。
大学時代に1年間の留学を経験し、TESOL を取得。TOEIC 935点。
その後、塾講師・オンライン塾講師・公立小学校教員・特別支援学級の非常勤など、約14年間教育に携わってきました。
海外の教育理論や実践を、日本の家庭や学校にも届け、学びの幅が広がるきっかけになればと思い発信しています。

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